クリプトスポリジウムという寄生虫と川の水と水道水

昔、今みたいに上下水道設備が無かったころは、世界中のどこであっても、人間は伝染病に悩まされていた。学校の歴史の教科書とかでも、ヨーロッパでのペストやコレラの大流行は、有名な話として載っているくらいだ。あまり注目されないが、日本でも水による伝染病というのはあったそうだ。

現在の日本では、幸いにも上水道が完備されていて、世界の中でも最も安全な水道水が飲める国の1つだとは思う。伝染病の流行なんていうのは聞かなくなって久しい。これは、水道局が厳しく水質を管理し、一般細菌は1mL中に100個以下、大腸菌は検出されないようしているためだ。例えば東京都水道局のホームページを見れば、実際にはどちらも検出されていないことが分かる。

川の水はどのように殺菌処理されて水道水になるのか

このように、水道水中の細菌の数が極めて低レベルに抑えられているのは、水道水がしっかりと殺菌されているためだ。

まず、浄水場で川の水を殺菌する。ただ、ここで殺菌して終わりではない。漏水などがあっても雑菌に汚染されないよう、浄水場を出た後も殺菌効果が続くように、水道水中の残留塩素が0.1mg/L以上になるように調整されている(日本の水道に関する法律によって水道水中の塩素濃度が0.1mg/L以上であることが義務付けられている)。水道局のホームページを見れば分かるが、実際の家庭に届く水道の塩素濃度は、0.4~0.5mg/Lの濃度になっている。

こうもしっかりと殺菌をしているのは、日本は飲料水の大部分を河川にたよっているためだ。日本は川の上流から下流まで、びっしりと人が住んでいる。そのため、上流の人が使用した水を、下流の人が利用する。生活排水などは食べかす等の栄養分を含んでいるので、細菌が育ちやすい。そのため、しっかりと消毒をしないと、安全な飲水にならないのだ。塩素による徹底した消毒のために、私達の健康は守られている訳だ。

過去に発生した水道水による集団食中毒

しかし、それでも水道水による食中毒事件が発生したことがある。これは、いずれも「クリプトスポリジウム」という細菌が原因だ。

(1例目)1994年神奈川県
  雑居ビルで460人あまりの患者が発生した。原因は、汚水や雑排水が受水槽に混入したこととされている。
(2例目)1996年埼玉県
  町営水道水を汚染源とする集団感染が発生し、約9千人の町民が被害にあった。
 日本におけるクリプトスポリジウムの症例は、以下のサイトのデータを参照している。
 愛知県衛生研究所
  http://www.pref.aichi.jp/eiseiken/5f/cryptosporidium.html
 国立感染症研究所
  http://www.nih.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/396-cryptosporidium-intro.html

えっ?日本の水道水って、しっかり殺菌しているんじゃないの?

って思うかもしれないのだが、実はこの「クリプトスポリジウム」、殺菌に使用される塩素が効かないのだ!でも、この2件以降は水道水が原因と特定されるクリプトスポリジウムの集団感染は確認されていない。じゃあ、水道局はクリプトスポリジウムに対して、どのような対策をしているのか?
調べてみると、主に3つの対策を取っている。

水道局のクリプトスポリジウム対策(1)

水道局は、クリプトスポリジウム対策として、まず原水の調査を徹底している。

クリプトスポリジウムは人間や牛などの動物の糞便にまじってみつかる。上流で適切な下水処理がされなかった場合などは、川の水などの原水がクリプトスポリジウムによって汚染されてしまう。そのため、原水(川の水など)の中にどの程度クリプトスポリジウムがいるのかを測定することで、クリプトスポリジウムによる汚染を防いでいるのだ。

水道局のクリプトスポリジウム対策(2)

水道局は、ろ過によるクリプトスポリジウムの除去も行っている。

薬品による除去が難しい時に、物理的に細菌を除去しようというのがろ過だ。クリプトスポリジウムの大きさは4~5μm程度。そこで、「膜ろ過方式」という方式を使うと、その程度の大きさの細菌を全く通さないため、クリプトスポリジウムは確実に除去できるわけだ。だから、この「膜ろ過方式」を採用しているところもある。

ところが、この「膜ろ過方式」には大きな欠点があって、処理速度が非常に遅い。そうなると、大都市の水道局は大量の上水を作らなければならないので、処理速度の遅い膜ろ過方式は向かないわけだ。そのため東京都では、「急速濾過方式」という処理速度が早いろ過方式を使って、水の中の不純物を除去している。

えっ?じゃあ・・・クリプトスポリジウムが除去出来ないんじゃないの?

隊長はそう思った。ところが東京都水道局に電話して聞いてみたところ、実際には除去できているらしい。細かい話をすると以下のようなことだった。

確かに、急速ろ過の目の細かさはクリプトスポリジウムの4~5μmよりも大きいので、原理的にはクリプトスポリジウムを通してしまう可能性がある。しかし、実際にはろ過に使っている目の細かい砂などの表面に、水の不純物が吸着する効果もあるので、ろ過の膜の目の大きさよりも細かい物でも除去できている。

また、水の濁り具合(濁度)と水中のクリプトスポリジウムの間には相関があり、濁度さえ0.1以下にしてしまえば、クリプトスポリジウムによる感染のリスクをほぼゼロにできるらしい。資料を調べたところ、埼玉県の例で濁度を0.1以下に保ったところ、水道水からクリプトスポリジウムは検出されなくなったと報告がある。

つまり、東京都は、膜ろ過方式をとらなくとも、クリプトスポリジウム対策がしっかりと出来ているというわけだ。

※厚生労働省「水道におけるクリプトスポリジウム暫定対策指針の設定・改正経緯」
 http://www.mhlw.go.jp/shingi/2002/09/dl/s0904-4e1.pdf
※国立保健医療学院「飲料水水質ガイドライン第4版」
※濁度:水の濁り具合を表したもの。水1Lに濁度の基準となる物質を1mg混ぜたときの濁りを濁度1度とする。

水道局のクリプトスポリジウム対策(3)

東京都水道局は、紫外線照射によるクリプトスポリジウムの不活性化も行っている。

紫外線を10mJ/cm2(照射強度(mW/cm2)×照射時間(s))を水に照射することで、水中のクリプトスポリジウムを 99.9%不活化できることが分かっている。しかし、すでにろ過処理によって、濁度をコントロールすることでクリプトスポリジウムに対応している施設が多い。また、この方法は処理速度が遅いので、小規模の施設で導入されている。大都市の水道局では導入していないところが多い。実際、東京都では導入していないと言っていた。

クリプトスポリジウム対策のまとめ

まとめると、一部の水道局で採用している「膜ろ過方式」や「紫外線照射」は、クリプトスポリジウムによる感染を原理的に100%防げる方法だが、処理速度が遅い、導入に必要な金額が高いといった問題点がある。

一方、急速ろ過や緩速ろ過は原理的にはクリプトスポリジウムを100%除去はできないものの、処理速度が速く、濁度のコントロールによってクリプトスポリジウム対策ができるというわけだ。こちらは、人口の多い大都市の水道局に採用されている。

結果として、1996年以降、水道水が原因とされるクリプトスポリジウムの感染症の報告はない。日本の水道局は、クリプトスポリジウムのリスク管理に成功していると判断できる思う。

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